ロスリックとロスローリエン

前書き

 フロムソフトウェア作の「ダークソウル」シリーズの名詞にはトールキン作品からの影響が見える。アノール・ロンドとかイルシールとか。その中でもトールキンからの影響をむしろ見せつけているなあフロム、と筆者が思ったのはダークソウル3のロスリック王国だ。王子の名前がロスリックとローリアンの時点でかなり露骨である(とトールキンオタクである筆者などは思う)。

この文ではそのロスリック王国の元ネタであろう、指輪物語(J. R. R. トールキン著)に登場するエルフの国ロスローリエンの名前の由来と来歴をまとめていく。

ロスリック王国自体については軽く触れる程度にとどめる。なぜなら私はダークソウルに対する知識が浅いからだ。だからトールキン的要素がダークソウルにどう取り入れられているかは判断できない。

だからせめて、トールキンオタクたる筆者にかき集められるだけの情報をまとめ、ダークソウル考察勢の何がしかの足掛かりにして頂こうと考えている。この文はそういう目的で書かれたものだ。


概要

指輪物語に登場する地名「ロスローリエン(ロスローリアン)」は多面的な意味を有している。その名前の成り立ちに関わっているだろう語は以下の通りだ。

黄金の木ラウレリン

宇宙一美しい庭ローリエン

最初の地名リンドーリナント

麗しきエルフの奥方が来てからの呼び名ラウレリンドレナン

エルフによる多数の異名であるラウレナンデ、ローリナンド、グロルナン、ナン・ラウア

人間からの呼び名ドウィモルデネ

エルフの力が弱まっていった時代の名前ロスローリエン

更にそれが短くなった名前ローリエン

これら一つ一つの名前が持つニュアンスを取り込んだ言葉が「ロスローリエン(ロスローリアン)」だと筆者は考えている。

そしてダークソウル3には「王子ロスリック」「兄王子ローリアン」というボスが登場する。2人の名前を繋げれば“ロスローリアンリック”

ボスの名前に敢えてロスローリアンを二分した言葉を持ってくるあたり、トールキン的ニュアンスとダークソウルは関係があるのではないかと筆者は疑いを抱いた。

すなわちトールキン作品の「ロスローリアン」という言葉に込められた意味がダークソウルの「ロスリック」という国の設定に取り入れられているのではないか、と。


そもそもロスローリエンとは何なのか

 ロスローリエン(ロスローリアン)は小説「指輪物語」に登場するエルフの国だ。

「指輪物語」はイギリスの作家トールキンが書いた、架空の世界「中つ国」を舞台としたファンタジー小説だ。その影響力は大きく、現代の文壇にファンタジーというジャンルが蘇ったのも、RPGというゲームジャンルが出現したのも、全ては指輪物語が認められたためである。

「ダークソウル」はダークファンタジーRPGであるから、正しく指輪物語の系譜に並ぶ作品だ。恐らく作り手はその流れをかなり意識している。

 さて、話をロスローリエンに戻そう。ロスローリエンは作中でロリアン(ローリアン/ローリエン)とも呼ばれている、黄金色の大木が立ち並ぶとにかく美しい土地だ。そこを治める輝く金髪を持つエルフの奥方の麗しさも名高い。

個人的には作中でも屈指の美しさとエルフ(妖精)っぽさを感じる場所である。木々と奥方にちなんで「黄金の森」とも呼ばれるロスローリエンの歴史はなかなか古く、その名前の来歴もなかなかこんがらがっている。

それを次から何とか文字化していくつもりだ。


「ロスローリエン」という名前は何語なのか

 シンダリン、つまりシンダール語である。

とだけ言って伝わるのはトールキン沼の深みに生息している連中ぐらいのもの。沼の外に生きる人々のためにざっくりと説明していこう。

 トールキンは言語学者であり言語の天才だった

トールキンは自作の言語を複数作っており、その言語のためにふさわしい舞台と物語をあつらえようと思いつき、実際に作り上げたのである。

それこそがまさに中つ国の物語群であり、中つ国の種族はそれぞれに独自の言語(トールキン作)を割り当てられている

トールキンはエルフが使う言語としていくつかの言語を振り分けている。そう、「いくつか」。エルフ語は一種類ではない。

この文章中で取り上げるのはその内の3種類だ。その3種類とは

クウェンヤ

シンダール語

ナンドール語だ。

実のところシンダール語はシンダリン、ナンドール語はナンドリンとか言ったりするのだが、カタカナ乱舞は目が滑るので出来るだけ漢字を使っていくつもり。

クウェンヤはラテン語のような立ち位置の高尚な言語で、中つ国で使う人はエルフの上流階級ぐらい。

シンダール語は中つ国に住むエルフが一般的に使う言語。中つ国エルフにおける共通語みたいなもの。

ナンドール語は……説明がすさまじく長くなるので、一部の中つ国エルフが使う方言ぐらいに認識して頂ければ十分である。

そして「ロスローリエン」は冒頭で述べた通りシンダール語だ。つづりはLothlórien。ダークソウル知識のある方には引っかかるつづりだろう。そこら辺は6章で書くのでしばしお待ちを。


「ロスローリエン」という地名に関わる言葉の意味は何なのか

 概要で述べた通り、「ロスローリエン」という地名には多くの情報が含まれている。できる限り簡略化してはみるが長い話になる。お覚悟を。もしくはトールキン作品を読んでいただきたい(ダイレクトマーケティング)。

まず前提として軽くトールキン作品の世界観を説明させて頂く。中つ国の世界にはエルフだけが行くことができる西方浄土のような場所「アマン」がある。

そこは大天使たちが直接統治する土地で、全てのものが汚れなく損なわれていない。中つ国は何というか此岸の地であり、様々な悪意によって戦争が終わりなく続いている場所だ。エルフたちはそんな中つ国に倦み疲れて、いつかはアマンに渡ってしまう

昔は中つ国とアマンは地続きだったのだが、人間がアマンに武力進攻しようとしたので、神の御業によってアマンは中つ国から切り離されてしまった。詳しくは中つ国wikiの「ヌーメノール」の項を読んでほしい。

ここまでが世界観の説明だ。これから概要に提示した語の解説を書いていく。

 アマンには遥か昔、金と銀の二つの木があり、それがアマンを照らしていた。しかし色々あって両方とも悪意ある者によって枯らされてしまったため現存していない

しかし大天使たちの必死の働きにより二つの木はそれぞれが最後の実を付け、それが太陽になった。そして太陽を生み出したのが黄金の木「ラウレリン」だ。だからラウレリンには「太陽の木(Tree of the Sun)」という別名もある。

ラウレリンはクウェンヤの単語。つづりはLaurelin。語の成り立ちは以下の通り。

laurë “gold; gold (light or colour)”
+
lindë “singing, song; singing, song, musical sound”

=Laurelin

意味は「金の歌 (Song of Gold)」「歌う黄金 (Singing Gold)」



次に説明するのが宇宙一美しい庭ローリエン。これはアマンにある庭で、大天使が管理している。
この庭の名前はクウェンヤで、つづりはLórien。この語の成り立ちは以下の通り。

lórë “dream”
+
-ien “-land“

=Lórien

意味は「夢の土地 (Land of Dreams)」

ちなみにクウェンヤLórienには更に別の意味がある。ローリエンを管理している大天使の通称としても使われているのだ。その意味は「夢の王 (King of Dreams)」。ただこれはロスローリエンの意味には含まれていないだろう。



次に解説するのがリンドーリナント。指輪物語に登場するロスローリアンが、そう呼ばれだす以前の名前だ。そこにはアマンに住まなかったエルフ達が暮らしていた。

そういうエルフは結構多いのだが、リンドーリナント辺りに住んでいたエルフ達はナンドールと呼ばれている。そして彼らの言葉がナンドール語だ。

だからリンドーリナントはナンドール語。つづりはLindórinand。この語の成り立ちは以下の通り。

lind- “singer“
+
dóri- “land“
+
nand “valley“

=Lindórinand

意味は「歌い手たちの土地の谷 (Vale of the Land of the Singers)」



その後リンドーリナントに、とても強く賢明で恐ろしいほどに美しい黄金色の髪を持つ奥方がやって来た。

その頃からなのかリンドーリナントに大きな黄金色の木々が豊かに生え育ち、リンドーリナントはラウレリンドレナンと呼ばれるようになった。

ラウレリンドレナンはクウェンヤとナンドール語の合成だろうかと考えている。情報元が英語なので自信がない。つづりはLaurelindórenan。この語の成り立ちはおそらく以下の通り。

Laurelin “Song of Gold, Singing Gold”
+
Lindórinand “Vale of the Land of the Singers”

=Laurelindórenan

意味は「歌う黄金色の、歌い手たちの土地の谷 (singing gold Vale of the Land of the Singers)」



ラウレリンドレナン期に、この土地はエルフ達から多くの異名で呼ばれるようになった。どれも意味は同じだが。
まずクウェンヤラウレナンデ。つづりはLaurenandë。この語の成り立ちは以下の通り。

laure “gold; gold (light or colour)”
+
nandë “(wide) valley, vale; valley”

=Laurenandë

意味は「黄金の谷 (Valley of Gold)」


ナンドール語ではローリナンド。つづりはLórinand。この語の成り立ちはおそらく以下の通り。

lór- “gold”
+
nand “valley”

= Lórinand

意味は「黄金の谷 (Valley of Gold)」


シンダール語の呼び名は2つあり、1つがグロルナン。つづりはGlornan。この語の成り立ちは以下の通り。

glaur “gold [light or colour]”
+
nan(d) “vale; vale, valley; valley”

= Glornan

意味は「黄金の谷 (Valley of Gold)」


もう1つのシンダール語の名前はナン・ラウア。つづりはNan Laur。この語の成り立ちは以下の通り。

nan(d) “vale; vale, valley; valley”
+
glaur “gold [light or colour]”

=Nan Laur

意味は「黄金の谷 (Valley of Gold)」



その後エルフの勢力は徐々に弱まり、それに合わせるようにラウレリンドレナンの名前は短くなっていった。
その頃の名前がシンダール語ロスローリエン。つづりはLothlórien。この語の成り立ちは以下の通り。

loth “flower; flower (of defined shape); flower, single blossom; inflorescence, head of small flowers”
+
glaur “gold [light or colour]”
+
-ian(d) “-land; regional ending”

=Lothlórien

意味は「花咲くローリエン(Lórien of the Blossom)」「花咲く黄金の土地 (Golden Lands of the Blossom)」
その他にも「夢の花 (Dreamflower)」と指輪物語の作中では翻訳されていた。これについては次の段で説明を付ける。



ロスローリエンの名前が更に短縮化されたのがローリエン(ロリアン/ローリアン)
ローリエンはシンダール語。つづりはLórien。この語の成り立ちは以下の通り。

glaur “gold [light or colour]”
+
-ian(d) “-land; regional ending”

= Lórien

意味は「黄金の土地 (Golden Lands)」


ややこしいことに、この語はクウェンヤのLórienとつづりが全く同じなのだ。先に述べたように、クウェンヤ版Lórienの意味は「夢の土地 (Land of Dreams)」。だからこそLothlórienが「夢の花 (Dreamflower)」と訳されもするのだろう。

シンダール語 loth “flower”
+
クウェンヤ lórë “dream”
+
クウェンヤ -ien “-land“

= Lothlórien

と解釈すれば、「夢の花の土地 (Land of Dreamflower)」と読み取ることができるからだ。



そしていつの時期の名前か定かではないが、ロスローリエンには(エルフとの付き合いがほぼ無い)人間から付けられた別名もある。それがドウィモルデネ
これを名付けた人々が使う語としてトールキンは古英語を当てた。よってこれは古英語の単語である。つづりはDwimordene。この語の成り立ちは以下の通り。

Dwimor “phantom, ghost, apparition, illusion, delusion; error”
+
dene “valley”

=Dwimordene

意味は「まぼろしの谷 (Phantom-vale)」「亡霊の谷 (Valley of Ghost)」「幻影の谷 (Valley of Apparition)」ぐらいか。



 まとめると、ロスローリエンという名前には

「金の歌 (Song of Gold)」「歌う黄金 (Singing Gold)」

「夢の土地 (Land of Dreams)」

「歌い手たちの土地の谷 (Vale of the Land of the Singers)」

「歌う黄金色の、歌い手たちの土地の谷 (singing gold Vale of the Land of the Singers)」

「黄金の谷 (Valley of Gold)」

「花咲くローリエン(Lórien of the Blossom)」「花咲く黄金の土地 (Golden Lands of the Blossom)」

「夢の花 (Dreamflower)」

「黄金の土地 (Golden Lands)」

「まぼろしの谷 (Phantom-vale)」「亡霊の谷 (Valley of Ghost)」「幻影の谷 (Valley of Apparition)」


というニュアンスが含まれているのだろう。情報量が多いとてつもなく多すぎる

こういった知識を得るとロスローリエンはエルフの古い国なのだ、ということが実感できる。同時にこの複数の言語設定をたった1人で練り上げたトールキンの才能狂気にも似た緻密さに感嘆せざるを得ない。


ロスリック王国とトールキン作品の関連

 ダークソウル3には「ロスリック」という国が登場する。つづりはLothric。Lothは「花」を表すシンダール語で、ricはカタルーニャ語フリウリ語古プロヴァンス語で「豊かな」を意味する語だ。

となればロスリック王国とは「豊かに花開く国」という意味になるのだろうか。

王子ロスリックの英名はLothric, Younger Prince。国名と同じつづり。とするなら「弟王子 豊かに花開く者」あたりが直訳になるかもしれない。

兄王子ローリアンの英名はLorian, Elder Prince。エルフ語Lórienとはつづりが違うが、当てられている日本語訳はLórienと同じ「ローリアン」。著作権対策でつづりを変えたのだろう。元ネタはエルフ語Lórienと見てよい……はずだ。

であるなら彼の英名を直訳するなら「兄王子 夢の土地」「兄王子 黄金の土地」。もしくは「兄王子 夢の王」

そして王子ロスリックと兄王子ローリアンの英名を加算するとLothlorianricロスローリアンリックだ。ricを除けば正しく元ネタに忠実なロスローリアン Lothlorianという語が出現する

これは2人が1つのものである、という表現をより強める意図で使われている気がする。何となく。ロスローリアンリックを日本語訳するとするなら「豊かに花開く夢の土地」「豊かに花開く黄金の土地」

ロスローリエンにはとにかく「夢」と「黄金」のイメージが付きまとう。それを元ネタとするロスリックもまた夢と黄金に近しいのだろうか。筆者にはこれ以上のことは分からない。詳しいことはダークソウル考察勢にお任せするとしよう。


後書き

 ロスローリエンの歴史と名前が複雑すぎて、調べるだけで脳が筋肉痛を起こした。集めた情報に間違いを見つけた場合はぜひコメントして頂きたい。

いや本当に、五体投地しながらお願い申し上げる。間違った情報が訂正されずにネット上に存在するのは恐怖でしかないので!

そしてもしダークソウル考察勢の方が見て下さったならこれ以上ない幸い。この文は2割トールキンオタクのために、8割ダークソウル考察勢のために書いたものなので(トールキンオタクはこれぐらいの情報、自力で集めてそうだし……)。

なにはともあれ、この長文をここまで読んでくださった全ての読者の方に、ヴァラールの恩寵と暗黒の魂あれ!




参考サイト
中つ国Wiki (https://arda.saloon.jp/index.php?FrontPage)
Welcome! – Parf Edhellen: an elvish dictionary (https://www.elfdict.com/)
Wiktionary, the free dictionary (https://en.wiktionary.org/wiki/Wiktionary:Main_Page)
A Thesaurus of Old English (https://oldenglishthesaurus.arts.gla.ac.uk/)
Dark Souls 3 Wiki (https://darksouls3.wiki.fextralife.com/Dark+Souls+3+Wiki)


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