騎士未満の3人、その違い(前編)

騎士になれずにいる3人

 メリー、エオウィン、グリマは騎士になりたかったけどなれずにいた人たちだと思う。けれどメリーとエオウィンは騎士になれて、グリマはなれず仕舞いだった。その違いはどこにあったのか

その違いを端的に言えば、他人の眼を気にしない勇気他者との繋がりの有無人生に対する率直さの度合いにあるのではないかと思う。その理由をこれから述べていきたい。



嫉妬の男グリマ

 ガルモドの息子グリマとはどういう人物だろうか。手がかりになりそうなものは彼の名前だ。

グリマはGrímaとつづる。この語は古英語でhelmet(兜)、visor(仮面)、mask(覆面)、spectre(亡霊)、ghost(幽霊)、demon(悪霊)、goblin(妖怪)の意味を持つ。
語のニュアンスに「自分を隠す」「生気の無い」があるのだろうとここから推測される。

この名前はグリマの本性を表しているのではないか? そう筆者は考えているがそれには根拠がある。ベーオウルフ物語の登場人物ウンフェルス(「不和」「口論」の意)についてトールキン教授が述べている一文だ。

彼の名前は、「意味がある」から意味がある。つまり、彼は自分の役割にふさわしい名前を持っている。

トールキンのベーオウルフ物語『注釈』38番

grīmaという不穏な名前を割り当てられていることから、グリマについても同じことが言えるのだろうと筆者は推測した。つまりグリマは「自分を隠して」「活き活きと生きていない」キャラクターであるのだと。

また足許には賢人めいた青白い顔に瞼の重たくかぶさる目をした、しなびた男が一人、階段に腰を下ろしていました。

二つの塔『黄金館の王』

「しなびた」という表現からも生気に満ちた状態でないことが窺え、筆者の推測を裏付けている。

 さて「自分を隠す」とはどういう心理状態だろう。もちろん「面従腹背」を意味するのは確かである。ローハンの裏切り者、というのがグリマが物語で果たす役割だからだ。しかし筆者はそこにもう一つの意味を見出したい。

「自己欺瞞」だ。

自己欺瞞とは「自分の良心や本心に反しているのを知りながら、それを自分に対して無理に正当化すること」(大辞泉)。グリマは「自分が生きたい生き方」をしていなかったのではないだろうか。そうだとするなら「活き活きと生きていない」ことにも納得がいく。

グリマはセオデンの宮廷で「賢者」として生きていた。しかしその姿は「しなび」ていて活き活きとはしていない。そこから考えられるのは、賢者として生きるのが不本意であるグリマの本音だ。

そもそもが戦時下の騎士国。名誉を勝ち得るのは賢者でなく騎士の方だろう。だがグリマはどうした訳かは分からないが騎士としては生きていない。馬の扱いが下手だったか、武術に明るくなかったか、理由は分からないが恐らく騎士として不全だったのだろう。だから賢者として生きていた。恐らくはそれでいいと自分を誤魔化しながら。

しかしそれは自己欺瞞に過ぎない。騎士になりたくてもなれなかったから騎士たる周囲への劣等感と嫉妬が強かったのではないだろうか。根拠はグリマが周囲に向ける強い悪意と怯えだ。

かれは薄気味悪い笑い声を立てながら、ちらと重い瞼を上げ、悪意のある目をじっと旅人たちに注ぎました。

二つの塔『黄金館の王』

かれの後ろからは二人の男の間にちぢこまって蛇の舌グリマがやって来ました。その顔は真っ蒼で、目は日の光に眩しそうにまたたいています。

二つの塔『黄金館の王』

その目には人々がかれの前から思わず後ずさりする程の敵意が浮かんでいました。

二つの塔『黄金館の王』

グリマのこれらの言動は、グリマが自分に自信が無く、健全な自尊心を持ち合わせていないことから来ているのではと筆者は考えている。

騎士になりたくてもなれなくて嫉妬で周囲と敵対した男。それが筆者の考えるグリマの内面だ。



檻の中の騎士エオウィン

 エオウィンもまた騎士になれないことに鬱屈を抱えていた。しかしエオウィンが抱いていたのは劣等感というより苛立ちだろう。自分にはエオル王家の武芸もあれば兄にも劣らぬ勇猛心もある。だというのに女であるというだけで戦場から隔離され続けている、という。

自分が劣っているから騎士になれない、ではなく、自分は騎士として十全であるのに騎士として振る舞えない。そこにエオウィンの高い矜恃と健全な自尊心が感じられる。

少なくともエオウィンは自分に嘘をついてはいないし、エオウィンは自分が騎士であることに自信があるのだ。だからこそ檻の中が耐えられない。

「いつもいつもわたくしが選ばれるのでしょうか?」姫は憤慨していいました。「騎士たちが出陣して行く時、いつもいつもわたくしが残されるのでしょうか? 残されて、みんなが功名を遂げる間に、家を守り、みんなが戻って来ると食べものや寝場所の世話をやかねばならぬのでしょうか?」

王の帰還『灰色の一行 罷り通る』

あんたには馬もあれば功名手柄もあり、自由に使える広い平原もおありじゃ。しかし姫は乙女の身に生まれながら、少なくともあんたに匹敵するだけの気力と勇気を持っておられたのじゃ。にもかかわらず、姫は老人のそば近く仕え、その老人を父のごとく愛しておったのではあるが、――その老人が見るも無残に不面目な老案に陥っていくのをつぶさに目にする定めにあった。姫としてみれば己れの役割は老人が持たれておった杖よりも軽いものに思えたのじゃ

王の帰還『寮病院』

しかし姫が眠りもやらず過ごされた耐えがたい夜の時間、姫がただ一人暗間に向かってどのようなことを口にされたかだれが知ろう? 姫には己が人生がただ萎みゆく一方に思えたじゃろう寝室の壁は四方から迫り、野生のものを閉じ込めておく艦のように思えたことじゃろう

王の帰還『寮病院』

 エオウィンの名前はÉowynとつづり、中つ国Wikiによれば eoh+wyn という組み合わせで成り立っているらしい。

古英語でeohはa war-horse、charger(共に「軍馬」の意)で、wynはjoy(喜び)、delight(歓喜)、glory(栄光)などを意味する言葉。

この2つの組み合わせということは、エオウィンの名前は歓喜の騎士栄光の騎士を意味するのだろうと思われる。名前が本性を示すという仮説に則れば、エオウィンは文句なしに騎士として十分の力量を備えていることは確かだ。

そんな一人前の騎士が騎士扱いされないというのは屈辱であろうし、苛立ちを抱えもしよう。

 エオウィンの抱える鬱屈はそういったものだと筆者は考える。



健全な一般人メリー

 メリーは長征の中で居心地の悪さを感じている。自分が一人前の騎士でないから生じるそれは、居場所のなさを感じるものでもあったようだ。ただ劣等感というにはちょっと違うように思える。

劣等感とは自分が他人に比して劣っているという感情理想に届かない自分の現状に対する不快感を言うが、メリーは心細さを感じはすれどもそこまで自分の現状に不快感は感じていないように筆者には見えるのだ。

それはメリーがローハン人ではなかったからか、健全なホビットだからかは分からない。両方かもしれない。メリーはただ心細く居心地の悪さを感じていた

メリーは自分がエオメルのような背の高い騎士で、角笛か何かを吹き鳴らし、かれを救出しに馬を疾駆させて行くことができればどんなにいいだろうと思いました。

王の帰還『ローハン軍の長征』

「メリアドクよ、かかる戦いでそなたは何をしようというのか?」という老王の言葉の真実さを、今こそかれは痛いほど感じました。「これだけです。」かれは心に思いました。「一人の騎士のお荷物になって、鞍から落っこちないよう、駆ける馬たちの蹄にかけられて死んだりしないように願うのが関の山というところ!」

王の帰還『ローハン軍の長征』

メリーはただ、今自分が背丈の合わないところにいると感じたに過ぎない。自分が一人前の騎士だったらよかったのになあと思いはするけれど、そうではない自分をよく知ってもいる。そしてそれによって必要以上に落ち込んでもいない。

メリーはホビットで、英雄の種族出身ではない。自分が騎士でないのは当たり前。だから一人前の騎士と認められなくても深刻に落ち込んだりはしない。むしろ落ち込むのは自分だけが置いてけぼりになること。それが裂け谷でもローハンでも変わらないメリーの本音だろう。

「ぼくだって、あなたがそうできればと思います。でも、ぼくたちはサムを羨ましがってるんで、あなたのことじゃないんです。もしあなたが行かなくちゃならないのなら、ぼくたち三人のうちのだれにしろ、置いてきぼりにされることは、たとえその場所が裂け谷であろうと、罰を受けるも同然なのです。ぼくたちは今まであなたと一緒に長い旅をしてきたこわい目にも何度か遭ってきたこれから先も一緒に行きたいのです。」

旅の仲間『指輪、南へいく』

「わたしは殿にこの剣をお捧げしました。殿、わたしはこんなふうにお別れしたくはございません。それにわたしの友人たちもみな戦場に赴きましたのになんでおめおめとあとに残れましょう。」

王の帰還『ローハンの召集』

 メリーの心細さは英雄の中に紛れ込んでしまった一般人の戸惑いと言い換えることができるだろう。グリマやエオウィンと違い、アイデンティティに関わる根深さではない。

それでもやっぱり騎士だったらなあと思ってはいるけれど。




後編へ続く▼
騎士未満の3人、その違い(後編)





この記事はTolkien Writing Day(http://bagend.me/writing-day)参加作品です。

Photo by Tiago Almeida on Unsplash


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