*この記事は前回の記事内容を前提としたものになります。できれば前回の記事からお読みください。
Table of Contents
「COOLEST」から考える3人の違い
同じように「騎士になれない」ことへの鬱屈を抱えていたメリー、エオウィン、グリマ。彼らの命運を分けた違いについて考察していきたい。参考にするのはアニメ「坂本ですが?」のオープニングテーマ「COOLEST」だ。
「坂本ですが?」は同名コミックを原作とするギャグアニメである。ストーリーは日常生活で降りかかる苦難を主人公・坂本が逆に楽しんでしまうというもの。その楽しみ方がシュール of シュールなのでギャグなのだが。
そんなギャグアニメではあるが「自分らしく生きる」ということについては呆れるほど真っ正直な作品となっている。
「坂本ですが?」のオープニングを見ていると、坂本の奇行に目を奪われて「COOLEST」の歌詞が全然頭に入ってこないが、ちゃんと聞いてみると想像以上の本気の応援歌になっていて驚く。劣等感に苦しむ人への応援歌なのだ。
そのため今回の考察の参考として筆者はこの曲を選んでみた。以下、「COOLEST」の歌詞を参考にしつつメリー、エオウィン、グリマの違いについて考えていきたい。「COOLEST」の歌詞は引用の形式で示していくこととする。
ちなみに「COOLEST」の公式OPはこちら。気になったら聞いて欲しい。
他人の眼を気にしない勇気の有無
激流にさえ 立ち向かえ
“COOLEST”
流れ逆らえ 涼しげなfaceで
苦難は日々を飾る花束
踊れ 独りでも ステージの上
“COOLEST”
幕上がり 沸くオーディエンス
Yeah Yeah ぶれるな Hey Boys
“COOLEST”
溢れだす 想い 己つらぬけよ
スペシャルをプレゼント
行こうぜ! GO! ありのままで
檻破れ お前の スタイル押し通せ
“COOLEST”
Ah Virtuous knight
共に行こう Hey Girl
華麗にStep 茨のROAD
まず、周囲の目を気にせず振舞えるかどうか。自分に対して正直に生きようとする勇気があったかどうか。これが3人の違いの1つだろう。
エオウィンはデルンヘルムになる勇気があり、自ら檻を蹴破った。さすがエオル王家の姫。強い。
どんなに不快であろうと、檻は自分を守ってくれるものでもあった。戦場から離れていれば討ち死にすることはないのだし。周囲としてもたおやかな姫君を戦場に出すより、勇敢な兄を戦場に送り出したいと思うだろう。
しかしエオウィンは安全と周囲の目を気にすることなく戦場に出た。強い。
メリーにはデルンヘルムの誘いに乗る勇気があった。そしてセオデンについて行きたいと口に出せる率直さも持ち合わせている。
メリーはセオデンに付いて行きたかった。どんなに不恰好でも付いていこうとした。馬に乗れないなら走っていくと王に言えるほどにその正直さは勇気を伴っている。
グリマは周囲の目を忘れることができなかった。セオデンに出陣か追放かを選べと言われた時に追放を選んだことからそう推測できる。
出陣を選んでいれば当然周囲からの冷たい視線に晒される。針の筵だ。しかし戦場に出れば騎士として、自分が本当に生きたい生き方をすることができただろう。
だがグリマは追放を選び、騎士としての道を自ら絶った。本音では騎士になりたかったのに、周囲の目を恐れて。
他者との繋がりの有無
Work out 拭け涙 もう 泣き言は Stop
“COOLEST”
信じろ Friends 差しのべた手を掴め
そのままペアでリバースターン
ダンスフロアは戦場
Baby はぐれんなよ
“COOLEST”
繋いだ手は セーラーズノットさ
次に、一緒に茨の道を進もうと言ってくれる誰かがいたかどうかの違い。
エオウィンは誰もいなくとも率直に生きた。強い。デルンヘルムになったのは完全に彼女1人の選択による。
むしろ彼女は手を差し伸べた側だ。エオウィンはメリーに手を差し出し、ペレンノール野まで連れて行ってくれた。しかしそうやって助けたメリーに、急場でエオウィンは救われるのだ。助けたから助けられた。人間関係の妙がここにある。
メリーにはデルンヘルム、エオウィンがいた。しかし「マークの王の行かれるところに行きたいのでしょう」と言われて「そうです」と即答できたのはメリー自身の力と言える。メリーは差し伸べられた手をちゃんと掴めたのだ。
それにペレンノール野に向かうための最低限の装備を整えられたのはアラゴルンがエオウィンに言付けてくれたからだった。アラゴルンとの友情もメリーをペレンノール野へ向かわせてくれたものの1つだろう。
グリマにはそういう人がいなかった。そういう人間関係を築けなかったようだ。その原因は色々ありそうだが端的に原因と結果を示しているのが次の2つの台詞だ。
「こやつの櫃の中に見つけました。こやつは鍵を渡すことをたいそう渋っておりました。みんなが失くしたと申したてました物がほかにもいろいろはいっておりました。」
二つの塔『黄金館の王』より、ハマの台詞
「もっと下級のどんな役目なら引き受けようというのかな? 粉のはいった袋でも山の中にかついで行かれるかな――あんたを信用してかつがせてくれる者があればのことだが。」
二つの塔『黄金館の王』より、エオメルからグリマへの台詞
グリマは盗癖や数々の虚言などで自分の人間関係を自ら叩き壊しており、それがためにロヒアリムは誰一人グリマを助けなかったのだろう。
ローハンを追放されるとき、グリマにオルサンクまで同道してくれたのは「疲れ切った老いぼれ馬」だけで、その馬も木の鬚に驚きグリマを置いて逃げてしまった。馬を愛し馬に愛されるロヒアリムとしては異端と言っていい。
グリマが築いてきた人間関係の貧弱さを表すようで寂しさを覚える。
人生に対する率直さの強弱
Yeah Yeah ビビるな Hey Guys
“COOLEST”
闇夜の海に 飛び込め バタフライ
Break Out! 嵐おこせ
“COOLEST”
花びら舞う 光の中
届かない それでも この手を伸ばす あの月へ
鎧脱ぎ捨て その翼広げてみな
“COOLEST”
共に行こう Hey Girl
華麗にSTEP 茨のROAD
最後に自分の人生への率直さの度合いを考えたい。自分に正直になれたとして、どれほどの強い意志を持って正直であり続けられるかの違いを考えてみよう。
どんなに生き辛くとも今までの生き方は自分を守ってくれる鎧だ。それを脱ぎ捨てでも生きたいように生きるのは決して楽ではない。憧れを抱いてもそれが叶わない時も、自分を誤魔化して鎧に隠れたほうがいいと思う時もある。
それでも自分に嘘をつかずに振舞い続けられるのは間違いなく強さの1つ。3人がどれほどそういった強さを持ち合わせていたかを考えてみたい。
エオウィンはこれもまた持ち合わせていた。エオウィンは騎士としての名声を望み、アラゴルンに焦がれデルンヘルムとなった。しかしデルンヘルムになった時点でエオウィンは憧れが叶わないと分かっていたのだ。
アラゴルンへの恋は成就せず、自分はペレンノール野で王を守って死ぬだろうと思っていただろう。一切の希望を持っていなかったのだ。けれどエオウィンは騎士としてペレンノール野に赴いた。苦しい中でも自分への正直さを貫いたのだ。さすがと言える。
何度目になるか分からないが言おう。強い。
メリーはエオウィンほどカッコよくはないけどずっと自分の気持ちに正直だった。セオデンに付いて行かせてくれと頼み、デルンヘルムに同行し、馬に振り落とされても、エオウィンを助けたくてナズグルに一太刀入れた。
そもそもメリーは裂け谷に留まってもよかったのにペレンノール野まで来ている。人生に対する率直さで言えば、エオウィンといい勝負だ。
グリマはこの自分への正直さが特に弱い。自分が本当に選びたいものを選ぶ勇気に欠けている。ホビット庄でのサルマンとグリマの会話にそれが分かりやすく表れている。
蛇の舌はへたへたとおじけづいて、泣き声を出しました。「いやだ、いやだ!」
王の帰還『ホビット庄の掃蕩』
「それではわしがいってやろう。」と、サルマンがいいました。「お前たちのお頭、気の毒なちび、お前たちのご立派な小さい親分はな、この蛇に殺されたのよ。蛇め、そうだろ? たしか眠っている間に刺したのだな。死体は多分理めてくれたものと思うがの。もっとも蛇はこのところずっとえらく腹を空かせておるが。そうとも、蛇は悪いことをしないわけではないぞ。こいつのことはわしに委せておいたほうがよかろう。」
凶暴な憎しみの色が蛇の舌の血走った目に浮かびました。「あんたがいいつけたんだ。あんたがさせたんだ。」かれは怒った声でいいました。
サルマンは声をたてて笑いました。「お前はシャーキーのいいつけどおりにするんだ。いつだってな、蛇よ、そうだろうが? さてと、次のシャーキーのいいつけはこうだ、『ついて来い!』」
泣くほど嫌な自らの手による殺人でも主人に命じられたらやってしまう。やりたくない、という自分の本音を押し殺してしまう。自分の本音に率直になれない弱さ。それがグリマの死を招いた。
欺きの名を持つグリマは最後まで自分を欺いてしまったのだろう。
まとめ
「周囲に一人前の騎士として認められない」という鬱屈を抱える点において、メリー、エオウィン、グリマは同じであった。しかし周囲の目を気にしない勇気、支えてくれる人間関係の構築力、自分に対する率直さの継続力に違いがあり、それが騎士になれるかなれないかを分けた。
エオウィンには自分を閉じ込め守ってくれる檻を自ら破る勇気があり、友人に手を差し伸べることができ、絶望の中でそれでも自分の生き方を通せた。それらが揃って初めてエオウィンは楯持つ乙女の栄誉に辿り着けた。
メリーにはどんな時でも生きたいように生きる勇気があり、行き詰ったときに手を差し伸べてくれる交友関係を築けていて、恐怖に押し潰されそうな時でも自分の本音を貫けた。だからこそペレンノール野でエオウィンの手助けができ、物語の終わりではローハンの騎士となれた。
グリマは蔑みの中でも騎士として生きる勇気を持たず、助けてくれる友人すらいない貧しい人間関係しか持たず、自分の本音より目の前の欲を優先させてしまうほど深く自分を欺いてしまった。その結果がホビット庄での惨めな死。
少し条件が違えばメリーがグリマだったかも知れず、エオウィンもそうであったかもしれない。他のロヒアリムも。そういった意味で、グリマはメリーやエオウィン、ロヒアリムの影を体現するキャラクターなのではないだろうか。
おまけ グリマについて
グリマは、簡潔に表現するなら「愚かで醜い、みじめな英雄一族の落ちこぼれ」なのじゃないかと思う。英雄しかいない国で、英雄に憧れ、英雄になれなかった人間。グリマの不幸は彼がロヒアリムとして産まれたことにある気がしてならない。
ローハンの騎士は英雄だ。角笛城の合戦を戦い、ペレンノール野に赴きエオルの誓いを果たし、黒門前の戦いで決死の戦いに挑む。ローハンの騎士が物語上で果たす役割と勝ち得る名誉は大きい。物語に名前が載っていなかろうともローハンの騎士はすなわち英雄だ。
ならば騎士になれないロヒアリムは。女は、小さい人は、臆病者は。その答えがエオウィンとメリー、そしてグリマなのだと思う。
エオウィンは騎士に変身することで英雄となり、メリーは献身と勇気を示すことで騎士として認められた。しかしグリマは臆病者のままだったから騎士になれなかった。最後まで。
騎士国に生まれながら騎士になれなかった人間のみじめと卑屈。グリマの悲哀はそこにある。リダーマークに産まれていなければ、ロヒアリムでさえなかったなら、グリマはあそこまで捻じ曲がりはしなかったのではないだろうか。そう思うと、確かに哀れである。
この記事はTolkien Writing Day(http://bagend.me/writing-day)参加作品です。
Photo by Tiago Almeida on Unsplash